宇都宮地方裁判所 昭和41年(ヨ)107号 決定 1967年9月28日
申請人 菊島満 外一名
被申請人 名鉄運輸株式会社
主文
申請人等が被申請人の従業員であることを仮りに定める。
被申請人は、昭和四一年七月五日以降、毎月二八日限り、申請人菊島満に対しては一ケ月金三五、六四〇円、申請人福田静雄に対しては一ケ月金四五、一二〇円の各割合による金員を仮りに支払え。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
(当事者双方の申立)
申請人等代理人は、主文同旨の裁判を求め、
被申請人代理人は、「申請人等の申請を却下する。訴訟費用は申請人等の負担とする。」との裁判を求めた。
(申請人等の主張)
一、当事者
(一) 被申請人(以下会社という。)は、自動車による貨物の運送を業とする株式会社であり、宇都宮市西原町街道東四五五番地の一に宇都宮営業所を設置している。
(二) 申請人菊島は、昭和三二年七月二三日、同福田は、昭和三五年三月二三日、いずれも会社に雇傭され(もつとも、申請人菊島は、昭和三二年七月二三日、岡川貨物自動車株式会社に雇傭されたが、同社が、昭和三五年五月一日に名鉄運輸株式会社と合併したので、ひきつづき名鉄運輸株式会社の従業員として、今日に至つているものである。)、宇都宮営業所に勤務して、長距離輸送の業務に従事してきたものである。
二、解雇
(一) 会社は、昭和四一年七月二日、申請人両名を、会社の就業規則第三四条、第三三条によつて、昭和四一年七月四日付をもつて解雇する旨の意思表示をした。
(二) 右就業規則第三四条は、「会社は、組合員である職員が組合から除名されたときは、組合と協議して解雇することがある。」旨規定し、同第三三条は、「職員が第三四条の規程により解職されたときは、解職する。」旨規定している。
(三) 会社は、申請人両名が、その所属する名鉄運輸労働組合から除名されたので、右就業規則に基いて解雇したというのである。
(四) なお、会社と同労働組合との間には、労働協約は締結されておらず、従つて、クローズド・シヨツプ約款あるいはユニオンシヨツプ約款は存在しない。
三、本件解雇の経緯
(一) 会社の従業員をもつて組織された労働組合は、当初、総評、全国自動車運輸労働組合(以下全自運と略称する。)名鉄支部なる名称で活動しており、申請人両名は、入社後三ケ月を経過すると同時に同組合に加入し、全自運名鉄支部関東地区宇都宮班に所属していた。
(二) ところが、昭和三九年一〇月頃より、組合員の一部から、全自運は闘争至上主義で共産党に支配されており、会社を破滅にみちびくおそれがあるから脱退すべきであるという動きが起り、会社も右の動きを援助してきた。
(三) 昭和四一年三月一九日に開かれた全自運名鉄支部の臨時大会において、組合執行部は、突然に全自運から脱退する旨の動議を提案した。申請外倭文唯三郎等の必死の反対運動にもかかわらず、右動議は一二〇票対七票で可決され、組合は全自運から脱退したのである。
(四) しかしながら、申請人等は、全自運に残留することにし、昭和四一年三月二八日、東京都において、全自運名鉄支部第七回臨時大会を開催して、「全自運名鉄支部に残留して、脱退した旧執行部が新たに結成した名鉄運輸労働組合には加入しない」ことを申し合わせ、さらに同年四月三日、宇都宮市において、右大会の続会を開催して、執行委員長太田勇・執行副委員長倭文唯三郎・同戸井一三・書記長水野潔・執行委員菊島満・同福田静雄、会計監査吉原忠正・同斎藤正吉を組合役員として選出し、同月四日、その旨を会社に対して通告した。
(五) ところが、会社は、右全自運名鉄支部の存在を認めないと豪語して、団体交渉を拒絶している。
(六) 全自運を脱退して新たに結成された名鉄運輸労働組合は、昭和四一年四月五日、組織攪乱をしたとの理由で、全自運名鉄支部の前記役員全員を同組合から除名した(もつとも、倭文唯三郎は、会社から懲戒解雇されると同時に組合員たる資格を喪失しているとの理由で、除名の対象から除外されている。)が、右除名処分は、全自運名鉄支部が、名鉄運輸労働組合に対して、昭和四一年四月四日、「全自運名鉄支部は存続しているのであるから、組合財産をすみやかに引渡し、かつ、闘争資金の積立金は右支部組合員名簿の提出と同時に返還すること。」を文書で通告したことに対する報復としてなされたものである。
(七) 全自運名鉄支部の組合員は、昭和四一年四月四日当時は、約三五〇名であつたが、会社および会社の意を体した名鉄運輸労組の幹部による切崩し工作のため、組合員数は減少してきている。
また、会社は、会社の利益代表者以外の従業員はすべて名鉄運輸労組の組合員であるとして、チエツク・オフした組合費のすべてを同組合に交付し、全自運名鉄支部が組合員名簿を提出して同支部に加入している組合員の分の組合費の交付を要求しているにもかかわらず、これに応じない。
(八) 会社は、名鉄運輸労組と通謀して、全自運名鉄支部の潰滅を意図して、名鉄運輸労組から除名された前記組合役員七名を、前述のとおり解雇したのである。
四、本件解雇の無効理由
(一) 就業規則第三四条の規定は無効であるから、右規定を適用してなされた本件解雇の意思表示は無効である。
右就業規則の規定は、「組合から除名された者を解雇することがある。」というのであるが、ユニオンシヨツプ協定がないにもかかわらず、組合から除名されたことだけで被除名者を解雇することは、特定の組合への結びつきを強制する結果となり、黄犬契約禁止の原則に触れることになるうえ、合理的な理由がないのに除名された者の団結権を侵害することになるから、右就業規則の規定は無効である(東京地裁、昭和二五年六月三〇日決定、労民集一巻四号五六三頁以下参照)。
よつて、就業規則の右規定を適用してなされた本件解雇の意思表示もまた無効である。
(二) 名鉄運輸労働組合が、申請人等に対してなした除名処分は無効であるから、右除名を理由としてなされた本件解雇の意思表示は無効である。
即ち、申請人等は、全自運名鉄支部に残留したものであつて、名鉄運輸労組には加入していないのであるから、同組合の統制の下にはなく、従つて同組合は、申請人等を除名することはできないものである。
よつて、名鉄運輸労組が、申請人等に対してなした除名処分は、何等効力を有しないものであり、従つて、右除名を理由としてなされた本件解雇の意思表示は無効である。
(三) 本件解雇は、労働組合法第七条第一号の不当労働行為に該当するから、無効である。
即ち、前記のとおり、会社は、全自運名鉄支部の潰滅を意図して、申請人等を含む同支部の執行部役員の全員を解雇したのであるから、右解雇の意思表示は、不当労働行為であつて無効である。
(四) 本件解雇の意思表示は、他に正当な解雇理由がないのに、単に組合から除名されたというだけの理由でなされたものであるから、解雇権の乱用であつて無効である。
五、仮処分の必要性
申請人福田は、一ケ月金四五、一二〇円、申請人菊島は一ケ月金三五、六四〇円の各割合による金員を、毎月二八日限り、会社から支払を受け、これを唯一の収入として生活してきたが、本件解雇により収入が全くなくなり、預金もないので、生活は危険にさらされている。
よつて、本件申請におよぶものである。
(被申請人等の主張)
一、申請人等の主張のうち、一・二の事実はすべて認める。同三の(一)の事実は認める。三の(二)の事実のうち、会社が脱退の動きを援助したとの点を否認し、その余は不知。三の(三)の事実のうち、昭和四一年三月一九日の臨時大会において、全自運脱退の決議がなされたことは認めるが、その余は不知。三の(四)の事実のうち、その主張の如き通告が会社に対してなされたことは認めるが、その余は不知。三の(五)の事実は否認する。三の(六)の事実のうち、その主張の如き六名が名鉄運輸労組から除名されたこと、倭文唯三郎がすでに会社から解雇されていたので右除名から除かれていたことは認めるが、その余の事実は不知。三の(七)の事実のうち、後段の事実は認めるが、前段の事実は否認する。三の(八)の事実は否認する。同四の事実はすべて否認する。同五の事実のうち、申請人等の一ケ月当りの賃金額がその主張のとおりであつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。
二、本件解雇に至るまでの経緯
(一) 会社は、昭和一八年六月、一宮市に設立された一宮運輸株式会社が、昭和二〇年五月、名岐運輸株式会社と合併して、蘇東運輸株式会社と商号を変更し、昭和三五年五月一日、半田通運株式会社を吸収合併して、名鉄運輸株式会社と商号を変更して出来た会社であり、さらに、昭和三六年四月、宇都宮の名鉄運輸株式会社(昭和三五年五月に岡川貨物自動車株式会社が名称変更したもの)を吸収合併したものである。
会社は、現在、資本金四億四千万円、従業員数三、六〇〇名をかぞえ、北は塩釜から南は広島に至るまで、九支店八〇営業所を有し、路線免許三、九〇〇キロ、八四運行系統の一般路線トラツク運送事業を中心に、一般区域トラツク運送事業、一般小型トラツク運送事業、自動車運送取扱事業、通運事業等を営む会社である。
(二) 会社従業員は、昭和四一年三月一八日までは、全自運名鉄支部を組織していたが、同月一九日の第七回臨時大会の決議で、全自運から脱退し、名称を名鉄運輸労働組合と変更し、同月二二日、会社に対してその旨の通知がなされた。従つて、会社としては、以後、会社従業員をもつて組織する労働組合は、名鉄運輸労組であると了解していた。
(三) ところが、同年四月四日になつて、「全自運名鉄支部執行委員長」なる肩書きを付した申請外太田勇から、会社宛に、「第七回臨時大会において全自運名鉄支部は存続することに確認決定した。」との趣旨不明の文書が到達した。右文書には、役員として、本件申請人両名を含む八名の組合員名が記載してあつたが、会社としては、すでに前記のとおり、「全自運名鉄支部は三月一九日付をもつて、一括して名鉄運輸労組になつた。」旨の通知を同組合から受けていたので、不審に思い、翌四月五日、同組合に対して前記文書を添えて、「会社に全自運名鉄支部なる組合が存在するかどうか。」と照会したところ、同月七日、同組合から、「当組合は、三月一九日の第七回臨時大会で、全自運名鉄支部から名鉄運輸労働組合となつたので、現在、全自運名鉄支部なるものは存在しない。」旨の回答をえたのである。
そこで会社は、四月一一日、前記太田勇宛に、「貴殿等は、名鉄運輸労組の組合員であつて、まだ同組合から脱退した旨の通告を受けていないから、申入れには応じられない。」旨を回答した。
(四) 同年四月二一日になつて、太田勇を代表とする数名が来社し、本件申請人等二名を含む「全自運名鉄支部組合員名簿」なるものを提出してきたので、会社は、翌二二日、名鉄運輸労組に対して右名簿を添えて、「右名簿記載者が貴組合の組合員かどうか。」を照会したところ、「もと全自運名鉄支部は、三月一九日をもつて全自運から脱退し、名鉄運輸労働組合と名称を変更したので、従来の全自運名鉄支部の組合員は、右日時より、脱退届けが提出されないかぎり、自動的に名鉄運輸労組の組合員であるところ、右名簿記載者からは、現在まで脱退届けは出ていないので、当組合員であるが、なお、当人等に当つて真意を確認してみる。」旨の回答をえた。
(五) この頃になつて、会社も、名鉄運輸労働組合員の内部に、全自運脱退を不満とする者が数名おり、「全自運名鉄支部」なる名称を仮称して分派活動をしていることが分つてきた。
(六) 五月二三日、前記太田勇等は、愛知地方労働委員会に対し、「全自運名鉄支部」の仮称で団体交渉あつせんの申立を行い、六月七日、愛知地労委において、あつせんに入るに先立つての事情聴取が行われたが、地労委は、申立人の資格がないとの理由で、「本件申立は事情聴取の段階で打切り、あつせんは行わない。」旨の申し渡しをした。
(七) 五月一九日、名鉄運輸労組から会社宛に、本件申請人二名を含む、「当組合員六名が、組合の決定に違反して分派活動を止めないので、組合規約第五六条第一号、第二号、第五七条第四号により、昭和四一年五月一三日限り除名処分に付したので、会社においても解雇するよう。」要望してきた。
(八) そこで会社は、五月二六日、本社において、社長、平野副社長、平田常務、市川、松浦部長、村田調査役、朝倉課長等出席のもとに、名鉄運輸労組三役等と、就業規則第三四条に基き、前記申入れについての事情聴取並びに協議を行つたところ、組合側は、「前記六名は、組合の機関決定に反対だと云うだけで、これを無視して分派活動を行つており、許せない。しかもその分派活動は、名鉄運輸労組に混乱を来たすことを目的とし、組合の名誉を傷つけ、組合と会社との関係をデツチあげるなど、悪質なデマ宣伝活動を行い、一緒に仕事をしてゆくことができない状況である。組合役員が精力的に話し合おうと努力したが、聞き入れないので除名した。」と説明した。会社としては、「除名の経緯は了解したが、解雇は重大な問題であるから、会社の業務運営面より慎重に検討して、再協議したい。」と回答した。
(九) 一方、会社の末端組織からは、前記六名等が、「会社の就業秩序を破壊し、職場に不安感を醸成し、業務を阻害するような行為をしている。」旨の報告がひんぴんと入るようになつた。宇都宮支店の事例は左のとおりである。
(1) 昭和四一年三月三〇日午後四時三〇分頃、宇都宮営業所の半田準に対し、仕事が最も忙しい最中に、事務所において、申請人福田等二名が、「早く仕事を終らせろ、殴つてやる。」と暴言を吐いて脅迫したので、半田準はシヨツクを受けて仕事が中絶し、手につかなかつた。
(2) 四月二四日、宇都宮市内の喫茶店「白鳥」において、半田準および宇都宮営業所乗務員米山博士等がお茶を飲んでいたところ、申請人菊島および申請外倭文唯三郎が入つてきて、衆人環視の中で、倭文が、「暴力を使つても戦うぞ。」と大声でどなつて脅迫したので、お客もびつくりして立ち上つた。
(3) 四月五日から五月一〇日頃までの間、米山博士は乗組みの相手方である渡辺敏夫が、発車前になつて突然具合いが悪くなつたと云うので、自分も乗務ができなかつたり、自分が説得してやつと乗つてもらつたこともあつて、仕事が非常にやりにくくなつた。当時渡辺は、全自運派に属していたのであるが、これらの乗車拒否は、全自運派の指導者である申請人福田等の指示によるものと思われる。
(4) 五月二九日夜、宇都宮営業所の運行乗務員岡川行男が自宅で休養中、午後七時頃から九時頃までの二時間にわたつて、申請人菊島・同福田および申請外倭文唯三郎等数名が同人宅におしかけ、全自運脱退をなじり、福田は、「我々がクビになつたら家族をつれてくるから、お前が食わせろ。」「タクシー会社に行くと云つても、我々が行かせないように妨害してやる。」「勤めても働けないようにしてやる。」と脅迫した。岡川は、ローカル便に乗つており、朝五時起床、六時出社なので、早寝しなければならないのに、夜遅くまで妻子のいる場所でどなられ、不安と恐怖の余り眠れなかつたので、翌朝の勤務に困り、その後も不安な気持で仕事が手につかなかつた。
(5) 五月二八日の夜九時から一二時まで、宇都宮営業所の乗務員黒崎儀市が自宅で休養中、申請人福田・同菊島等が同人宅におしかけて、全自運脱退をなじり、「自分達がクビになつたら家族の保障をしろ。」と何回もくり返して脅迫した。黒崎は、福田・菊島・倭文等に会うと嫌味を云われたり、脅かされたりするので、恐ろしく、会社にも時間ギリギリに出社し、かつ同人等に出会わないようにこつそりと会社に出入りしている。又、運行中もたえず申請人等の暴言が頭にうかび、いつ同人等が暴力を振うかも分らないと思うと不安な気持で仕事が手につかない状況にある。
(6) 六月二日、宇都宮営業所の運行乗務員齋藤正吉は、申請人福田から、「俺は会社をいつ辞めてもよいが、ただでは辞められない。その意味は、俺の生活を保障しろということだ。」とすごまれ、斎藤が会社にこられないようにしようとする意図がみられたので、同人は不安な気持になり、もう一緒に仕事をすることができない気持でいる。
(7) 六月一四日午後七時頃、米山博士は、申請人福田および申請外倭文唯三郎等数名に、宇都宮営業所前のバイパスにつれ出されて取り囲まれ、福田に、「お前は誰に頼まれてやつているのだ。お前は会社の犬だ。お前は博士でなくばかせだ。」と罵倒され、突きとばされた。又、福田から、「貴様のように分らん奴は分るようにしてやる。覚悟しておれ。」と暴言をもつて脅迫されたので、会社に行くのが恐くなり、家族にもそんな恐ろしい会社なら辞めた方がよいと云われている。
(8) 前同日の午後一〇時頃、宇都宮営業所の作業員佐藤喜作のところに、申請人福田から電話があり、「貴様、余計なことをしやがつて管理職につげ口したな。俺の家に謝まりに来い。」と脅迫されたので、同人は精神的に動揺し、転ぶようなところでない場所で転んだり、積込んだ車から降りるときに足を踏みはずしたりして、仕事が手につかず、その夜は眠れなかつた。
翌一五日にも、佐藤喜作は、構内荷物保安庫前で、申請人福田、申請外倭文外二、三名の者によびとめられ、福田から、「何故、夕べ俺の家に謝まりに来なかつたのか。」と、又倭文から、「何故、管理職に云つたのか。」と大声でどなられて脅迫された。
佐藤は、二日続けて脅かされたので不安におののき、帰宅しても食事も口に入らず、夜も眠れず、会社に出るのが恐ろしくなつて、六月二二日から二四日までの三日間、会社を休んだ。その間、いつどこで、何をされるか分らないので、実家に逃げていた。
(9) 宇都宮営業所集配乗務員小林為吉も、申請人等をはじめ全自運派と称する人達から、「ボーフラやろう」と云われるので、同人等に出会うと何か云われないかと恐ろしく、毎日不安な気持で業務についている。
(10) 六月一九日午後七時五〇分頃、米山博士が構内南側の駐車場に駐車しておいた名古屋向けの八三五〇号車に乗り込んで発進し、公道に出るため、構内を約一五メートル走行して一旦停車しようとして制動したところ、フートブレーキが全くきかず、驚いてサイドブレーキを引いたが間に合わず、バリケードに突込んでようやく停車したという事故が発生した。
前日、同人が右車輛で宇都宮市内を走行した際には異常がなく、すぐ下車してブレーキ系統を調査したところ、ブレーキホースが内側に折りまげられて取付口が裂け、オイルがもれているのを発見した。このブレーキホースは鉄製パイプであり、固定されているので、容易に曲るものではなく、又、取付位置は車体の下部にあつて、車輛の接触や駐停車附近の障害物によつて曲がるとは考えられないので、内部事情に詳しい者が、何等かの目的をもつて、物理的に力を加えて故意に破壊したものとしか考えられない。もしこれが道路上に出てから発生したときは、悲惨な人身事故になることは必死であり、極めて悪質な犯罪なので、会社は、六月二〇日、捜査当局に被害届および告訴状を提出し、目下取調べ中である。
これより先、米山は、六月一四日の夜、前記(7)記載の如く申請人福田から、「貴様のように分らない奴は分るようにしてやる。覚悟しておれ。」とどなられたことが思い出され、本件事故も、全自運派の人達の誰れかによつてなされたものと確信し、「いつどこで何をされるか分らない。自分の命は狙われている。」と恐怖におびえ、乗車勤務ができなくなつた。
(一〇) 以上のような事件が相次いで起き、特に六月一九日に発生した右(10)の暴走事故は、従業員一同を恐怖のどん底に落し入れた。なお、六月一六日の夜には、太田勇・倭文唯三郎・申請人等、全自運名鉄支部と自称する人達一〇人程が、宇都宮営業所で協議していた。名鉄運輸労組宇都宮班長若林定男は、ついに六月二〇日、宇梶宇都宮支店長宛に、前記の事実を具して、「現在のように職場において脅迫行為が行われ、不安な空気がただよつていては、作業が手につかず、会社欠勤者が増えてきて、このままでは職場に危機感が迫り、測りしれない事態が生ずるかもしれないことを深く憂慮する。早急に善処方を申入れる。」旨要望してきた。
(一一) 宇梶支店長は、翌二一日、右申入書につき、個々の従業員から事情聴取を行つたところ、一部の者が職場を破壊し、従業員が不安と恐怖の中に日夜を過していることが明らかとなつたので、本社宛に、宇都宮営業所の実態についての調査方を要請した。
右要請に基いて、六月二六、二七日の両日、本社から松浦労務部長・村田調査役が来宇し、実情調査を行つた結果、(九)記載の各事実のあることを確認した。
よつて、宇梶支店長は、六月二七日右調査結果に基いて、「かような状態では、職場秩序の維持は困難なことはもちろん、円滑な業務の運営はできないので、従業員が安心して働けるように、前記の業務妨害者に対して厳重処分をするよう。」に具申した。
(一二) 一方、本社においては、昭和四一年六月二日、同月二三日組合三役と折衝をもち、前記業務妨害行為の事実についての確認方を問い正したところ、「組合執行委員より報告を受けており、重大な関心を持つている。」旨の回答があつたので、会社は、六月三〇日、役員・部長出席のうえ幹部会を開催し、宇都宮・大阪・名古屋各支店長および労務部長からの報告に基いて、前記業務妨害者に対する処遇問題を慎重に検討した結果、「申請人等二名を含む六名を、七月四日付をもつて、就業規則第三四条・第三三条により解雇する。解雇予告手当は平均賃金の三〇日分を支給する。退職金支給率の取扱いについては、会社の都合によるものとして支給率一二〇%を適用する。」ことを決定した。
よつて、会社は、七月二日付内容証明郵便をもつて申請人等宛に右決定を通知したが、申請人等は右予告手当および退職金の受領を拒んだので、これを宇都宮地方法務局に供託した。
(一三) 申請人等には、さらにつぎのような業務妨害の行為があり、これらは、解雇の正当性を判断するうえに考慮されるべきである。
(1) 申請人福田は、昭和四一年三月二七日、大阪から帰宇、翌二八日は非番、二九日愛鋼工業の貸切りで大阪行きの配車となつていたが、発車当日の二九日になつて、突然、「車を整備しなければ乗車できない。」と云つて、荷物を引取りに行かなかつた。
又、申請人福田は、同年四月一五日、名古屋から帰宇、翌一六日は非番、一七日は公休、一八日に愛鋼工業の貸切りで名古屋行きの配車となつていたが、発車当日になつて、「車が故障している。」と云つて発車せず、止むなく他社から傭車することになつた。
乗務員は、帰着した翌日は非番となつているのであるが、帰着して終業点検をした際に、整備を要することの有無およびその個所について直ちに整備を申出で、翌日の非番の日に乗務員二人の内の一人が立会つて整備を行うのが通常のことであり、これによつてはじめて配車業務が円滑にいくのであるが、申請人福田は右の作業を行わず、発車当日になつて突然、整備を要するからとの理由で乗車を拒否するというのでは、配車業務は決定的な狂いを生じ、これによつて傭車の止むなきに至り、傭車料相当の損害を会社に与えたのである。
申請人福田の右行為は、円滑な配車業務の妨害を意図した職務怠慢行為であると云わざるをえない。
(2) 同年四月二七日から五月四日までの間、申請人福田から、同人が乗込んでいる八三一〇号車について、「ブレーキをかけると車体が右にとられる。」との申出があつたので、検車係でブレーキドラムをとりかえ、ブレーキライニングを張りかえたが、福田はそれでもだめだと云うので、本人をつれて栃木ふそうに行き、テスター器にかけた結果、「運行には何ら支障ない。これ以上は整備のしようがない。」と診断されたのであるが、福田はなお納得しないので、「専門家がこれほどまで云つても承知しないのなら仕方がないから、重装備の設備を整えている名鉄整備株式会社にもつて行つて整備するように。」と指示したが、福田は行かなかつた。又、松本副検車長および板橋配車主任も三回ほどテストしたが、危険は全くなかつた。
この間、八三一〇号車は配車にならず、遊休となつた。そのため、四月二七日当日は、荷物の受配ができず、又、四月二七日から連日傭車を余儀なくされ、傭車料相当の損害を会社に与えたのである。
申請人福田の右行為は、故意に業務を妨害する意図に出たものであることは明らかである。
(3) 脱退決議以前の全自運名鉄支部労組の了解に基いて作成された作業基準によれば、二トン以上の貨物は直配することになつているが、脱退決議後、申請人等を指導者とするいわゆる全自運残留派の乗務員は、「われわれは、名鉄運輸労組と組合が違うのだから、そういう作業基準には従えない。」と主張するので、作業基準に従つた円滑な配車業務を行うことができなくなつた。緊急物資や輸出品についても同じ問題が生じた。
これらは、いずれも申請人等を中心とするいわゆる全自運派に属する乗務員が申合せてとつている行動であることは明らかである。
(4) 会社の作業員が、申請人福田に途中卸しの荷物を頼むと、福田は、「そんな荷物の途中卸しはできない。」と断わり、「全自運だから積むんだろう。」とか、嫌味を云つたりするので、おとなしい作業員は、止むなく、福田に途中卸しの荷物を積むのをあきらめ、その結果右は残荷となつて作業能率が低下し、又、得意先から苦情が出て、非常に困惑することがしばしばあつた。
このようなことは、他の運転者については一度もなく、又、脱退以前の申請人についても一度もなかつたことであり、申請人福田の右行為は、構内作業の円滑な流れを故意に妨害する目的に出たものというべきである。
(5) 作業員は、各集配車に公平に積込み作業を行うのが当然のことでありながら、全自運脱退以後は、いわゆる全自運派の人達は、グループをなし、グループ同志の仲間だけで仕事をするという形が現われて、作業主任の指示が励行されず、自派に属しない集配車には作業協力をせず、作業が遅れ勝ちになり、円滑な積込作業が著しく阻害された。
全自運脱退以前には、このようなことはなかつたのであるから、これは、申請人等を中心として全自運派の乗組員がグループをなしていることに基因していることは明らかである。
三、本件解雇の正当性
(一) 本件には、つぎのような正当な解雇理由がある。即ち、
(1) 前記二の(九)にのべたように、申請人等がリーダーとなつて、米山博士外数名の当社従業員に対し、数次に亘つて会社の内外において、従業員としてあるまじき暴行・脅迫・威嚇を行つて職場秩序を破壊し、もしくは、二の(一三)にのべたように業務妨害の行為をなし、そのため被害者等は、就業中の業務を中断され、不眠および精神的動揺のため業務が手につかず、又は手違いを生じ、恐怖感から欠勤し、乗務員はハンドル時間中恐怖感がこびりついて、いつ重大な事故の発生をみるかもしれないという状況に陥つている等、まことに憂慮すべき状況にあり、正常な業務運営を確保するためにも、このまま放置することはできない状態になつている。
(2) 職場に不安と緊迫感がみなぎり、乗務員同志が相争うときには、長距離路線トラツク事業の特殊性から、つぎのような支障を生ずる。
即ち、トラツク運送は、長距離を二人で交替で運転し、荷物の積み下しや途中での食事や休息・睡眠等、二人の協力があつてはじめて安全運転は遂行されるのである。しかしながら、同乗の二人が互いに反目し、暴行・脅迫をしあうような職場の中では、作業は極めて不安なものになり、いつ事故が発生するか図り知れないというべきである。
(3) よつて、会社は、申請人等を、業務妨害者・職場秩序破壊者として、就業規則第三四条第二号、第三三条第四号、第九号に基き、やむなく解雇したものであり、右には正当な解雇理由があり、しかもそれは客観的妥当性を有するものである。
(二) 申請人等は、就業規則第三四条は黄犬契約禁止の原則に触れる無効な規定であると主張するが、
(1) 会社は、申請人等が、名鉄運輸労組から除名されたことにより、直ちに解雇したのではない。このことは、名鉄運輸労組から解雇要請のあつた際にも、「解雇は、労働者にとつて重大な問題であるから、除名即解雇ということはできない。解雇権を行使するには、業務面から慎重な検討を加える必要がある。」ということを回答していることからも明らかであり、会社は、業務運営面から慎重に検討したうえ、前記のような理由で、申請人等を企業から排除する以外に、円滑な業務確保を図る手段はないと判断して、解雇したのである。
(2) 就業規則第三四条も、「組合から除名されたときは解雇する。」と定めているのではなく、「組合から除名されたときは、組合と協議して解雇することがある。」と定めている。即ち、被除名者が解雇されるかどうかは、会社の裁量に委ねられており、会社としては、被除名者について、業務運営の面からあらゆる事項について検討し、解雇の必要性とその客観的妥当性があると判断したときに、被除名者を解雇するのである。その根拠規定は、就業規則第三三条の各号である。
従つて、申請人等があげる、昭和二五年六月三〇日の東京地裁の決定は、本件には適さないというべきである。
(3) 労働協約の成立については、社会的自主的慣行的生成物としての労働協約の本来の機能をできるだけ生かす方向において弾力的に解釈されるべきであつて、労使当事者間で労働条件その他に関して合意が成立し、かつこれが書面に作成されたものは、その名称の如何にかかわらず労組法上の労働協約と解すべきであり、形式的厳格さをもつてとらえられるべきではない。
ところで、名鉄運輸の就業規則は、今日まで、組合との合意によつてのみ改訂されてきたのであり、その間、「労働協約書」を文書化する作業が行われてきたが、全条一括協定を目指したため交渉に時間を要し、早急に書面化までは至らないため、労使双方は、右書面化が完成するまでは、就業規則をもつて労使間を規律する規範とし、双方これを遵守することを約し、昭和三九年からはさらに一歩を進めて、本就業規則をもつて、協定書の書面化がなるまで労働協約と同一の効力をもたせることとしてきた。そして、現就業規則第三四条は、組合もこれを検討のうえ同意しているため、改訂変更されることなく今日に至つているばかりでなく、本条項が就業規則中に規定されるに至つたのは、そのユニオンシヨツプ的性格からして、組合との協議の際に、組合からの要求によつて規定されるに至つたものである。そして、労使とも、これによつて、ユニオンシヨツプ制がとられていると認識していたのである。
このような事実に照らせば、本就業規則をもつて労働協約とすることは、労使双方において確たる規範意識となつていたということができ、又、労働条件その他に関し労働組合と使用者の間で書面に作成し、両当事者が記名押印するという労組法第一四条の要件に何ら欠けるところもない。よつて、本就業規則は、その名称にかかわらず、労働協約としての効力も有するものであり、同第三四条は、ユニオンシヨツプ制を規定したものと解すべきである。
(三) 申請人等は、本件除名は無効であるから、解雇も無効であると主張するが、会社が調査したところによれば、除名手続は正当であると考えられる。
即ち、前記の如く、もと全自運名鉄支部は、昭和四一年三月一九日の第七回臨時大会で、一二〇票対七票をもつて全自運脱退を決議し、その名称を名鉄運輸労働組合と変更したのであるから、以後、申請人等も名鉄運輸労組の組合員であることは明白の理である。
この点について、申請人等は、全自運は個人加盟を原則とする単一組織であるから、脱退に賛成していない申請人等は、脱退決議後においても、依然として全自運の組合員であると主張するが、全自運の本部規約によると、全自運は個人加盟を原則とする単一化をめざしながらも、団体加盟をも認めており、全自運名鉄支部労組は、発足当時から全自運に団体加盟していたのであるから、右脱退決議によつて組合員の全員が全自運から脱退したことになり、従つて、申請人等は、以後、名鉄運輸労組の組合員として、その統制に服すべきことになるのである。申請人等が、もしも右脱退決議に不満があるとしても、さらに名鉄運輸労組から脱退する旨の意思表示をしないかぎり、当該組合の組合員としてその統制に服すべきであり、分派活動・組合組織の破壊活動を行えば、組合から統制処分されるのも組合常識である。然るに、申請人等は、名鉄運輸労組から脱退する旨の意思表示をしていないから、同人等はいまだ同組合の組合員であり、組合が二つに分裂したということもできないのである。
(四) 申請人等は、本件解雇は、会社が全自運名鉄支部の壊滅を意図してなしたものであるから、不当労働行為であると主張するが、右のとおり、全自運名鉄支部は、三月一九日をもつて名鉄運輸労組と名称変更して、存在しないのであるから、全自運名鉄支部の壊滅の意図などありえない。又、申請人等が、右決議に対してどのような態度をとるかは、組合員個人の問題であつて、会社の全く関知しないところである。
(五) 申請人等は、本件解雇は、解雇権の乱用であると主張するが、三の(一)記載のとおり、本件解雇には正当の理由があり、かつ、客観的妥当性を有するから、解雇権の乱用ではない。
(被申請人の主張に対する申請人の反論)
一、もと、全自運名鉄支部は、産業別単一組織である全国自動車運輸労働組合(全自運)の有機的な一支部である。即ち、全自運は、企業別組合の連合体ではなく、労働者の個人加盟を原則とし、団体加盟は例外的に認められているにすぎない。
また、全自運名鉄支部が行つた全自運脱退の決議は、全自運の規約および大会の了解事項に違反する無効なものである。
従つて、全自運名鉄支部は、右脱退決議にもかかわらず依然として存続しており、旧執行部が全自運から脱退して、名鉄運輸労組という新たな組合を結成したというのが真相である。
二、被申請人主張の二の(六)の事実のうち、愛知地労委があつせんを打切つたのは、会社の組合否定の態度が強く、とうてい話し合いが成立する見込みがないと判断したからであつて、申立人の資格がないとの理由に基くものではない。
三、被申請人主張の二の(九)の各事実は否認する。事実は左のとおりである。即ち、会社は、全自運を脱退した者達が組織した名鉄運輸労組の幹部が、勤務時間中に、全自運名鉄支部から脱退して名鉄運輸労組に加入するよう宣伝工作するのを許容し、しかも全自運に残留していると解雇されるとか、春闘の成果を与えられないとかのデマを流布し、申請外倭文唯三郎を懲戒解雇にする等して全自運に残留している組合員を威迫したため、昭和四一年三月末日以降、全自運残留者の中から急速に脱退する者が続出した。そこで、組織防禦の必要から、全自運残留の組合員に対する説得や脱退者に対する呼びかけを勤務時間外に展開したのである。会社が挙示している事例は、いずれもこの説得行為のことであつて、このような正当な組合活動を理由に申請人等を解雇したこと自体、不当労働行為である。
被申請人主張の二の(九)の(1)(6)の事実は否認する。同(2)(4)(5)(7)(8)の各事実のうち、申請人等が怒鳴つたりあるいは暴行・脅迫を加えたとの点はいずれも否認する。申請人等は、説得工作をしたにすぎない。同(3)(9)(10)の事実は、いずれも申請人等に関係のないことである。
申請人等は、毎日、会社の運転業務に従事していたのであつて、業務不適当として非難されるいわれはない。
(証拠関係省略)
理由
一、本件紛争の経緯
(一) 当事者双方の提出にかかる疎明並びに弁論の全趣旨を綜合すると、一応つぎの事実を認めることができる。
(1) 被申請人(以下会社という。)は、自動車による貨物の運送を業とする株式会社であり、申請人等は、会社に雇傭され、会社の宇都宮営業所に勤務して、長距離輸送の運転業務に従事していたものであり、申請人等を含む会社の従業員は、もと、全国自動車運輸労働組合名鉄運輸支部(以下、全自運名鉄支部と略称する。)の組合員として、同組合に所属していたが、
(2) 昭和三九年頃から、全自運名鉄支部の組合員の中から、上部団体である全自運から脱退すべきであるという声がおこり、昭和三九年の第五回定期大会において初めて全自運脱退に関する議案が提案されてこの問題が表面化し、同大会では右議案は否決されたが、これが契機となつて全自運脱退問題が職場内にも持込まれ、賛否両論に分れた論議が交されるに至り、ついで、昭和四〇年一〇月の第六回定期大会で再び全自運脱退に関する議案が提出されたが、ここでも結論をみないまま、同年一一月一六日の続会大会で、「今後の研究課題とする。」ということで、決議が保留されるに至つた。
(3) その後、全自運からの脱退を主張する組合執行部は、翌四一年三月七日、全自運脱退の賛否を全組合員の個人投票にかけ、その結果は、脱退賛成二、一七九票、脱退反対四九五票、無効・棄権等一九三票という内訳であつたので、三月一九日に組合の臨時大会を開いて、三度び全自運脱退に関する議案を提出し、ついにこれを可決するに至るとともに、同日、組合はその名称を名鉄運輸労働組合(以下、名鉄労組と略称する。)と変更し、同月二二日、その旨を会社に通知した。
(4) これに対して、全自運からの脱退に反対し、あくまでも全自運に残留すべきことを主張する組合員は、臨時大会終了後、即日、自分達はあくまでも全自運に残留するとして名鉄労組に加入することに反対し、かつ、全自運名鉄支部の組織を守ることを互いに確認し合い、全自運名鉄支部の再建委員会を組織し、ついで三月二八日、東京で全自運名鉄支部の再建大会を開催し、さらに四月三日には、宇都宮の丸治旅館において脱退に反対する約八〇名の組合員が全国から参加して全自運名鉄支部の臨時大会(再建大会)を開催し、「全自運名鉄支部はなくならない。自分達は右支部労組に残留しているものである。」ことを確認するとともに、当面の運動目標を定め(甲第三号証の一、二)、新しく執行部役員として、執行委員長太田勇・同副委員長倭文唯三郎・同戸井一三・書記長水野潔・執行委員菊島満・同福田静雄・会計監査吉原忠正・同斎藤正吉をそれぞれ選出し、四月四日、これらのことを会社に通告するとともに甲第一六号証の如き申入れおよび要求書を会社に提出し、続いて四月二一日には、全自運名鉄支部の組合員名簿(乙第六号証の二)を会社に提出し、又、四月四日に、名鉄労組に対しても、「全自運名鉄支部は存続する。組合財産を引渡せ。闘争積立金を返還せよ。」という内容の申入れをした(甲第八号証)。
(5) この間、会社としても、組合問題に重大な関心を示し、右脱退決議以前に発行された昭和三九年一〇月号の社内報「めいあん」第五〇号にも、「組合がややもすれば上部団体の企業に対する無責任な指令にばかり忠実で、全くの自主性を欠くような傾向があつたことは企業の存在をおびやかすに充分であつた。共産党指導下の組合で構成された企業は、早晩業界から蹴落される運命にある。」から、企業を防衛してゆくためには、「(1)労使双方の信頼感を築くこと、(2)共産党指導下によつて毒された階級斗争至上主義を職場から一掃することである。」という内容の記事を掲載する等して、組合が全自運から脱退すべきことをほのめかし(甲第二三号証)又脱退決議がなされた後、全自運残留を主張する組合員等が、前記の如く、東京および宇都宮で再建大会を開こうとした際、東京支店長片山桂一は名鉄労組の役員とともに、同大会に出席しようとする組合員を監視していたこと、その後、全自運残留派の組合員からの要求や団体交渉の申入れに対して、会社は、「会社従業員をもつて組織する労働組合は名鉄労組だけであり、同組合以外には、会社には労働組合はありえないと考えるから、全自運支部なる団体の存在は全く認めえない。」として、前記の要求を拒絶する(乙第五号証)ばかりか、その後数度に亘る全自運残留派による団体交渉の申入れを同じ理由でことごとく拒絶し続けた(甲第六・七・一七・一九号証)。
(6) その間、会社内においても、名鉄労組の組合員(いわゆる脱退派)と全自運名鉄支部の組合員(いわゆる残留派)との勢力の維持・拡大をめぐる工作等が互いに行われ、特に宇都宮営業所においては、脱退決議の当時は残留派が多数を占めており、会社全体としても宇都宮営業所は残留派の最も多数の勢力を有していたところなので、同営業所においては、脱退派による勢力拡大工作および残留派による勢力減少防止の工作等が互いに激しく行われていたが、名鉄労組は、四月一三日開催の中央委員会に至つて、「全自運名鉄支部労組の新役員と称する申請人等を含む前記七名の者(倭文唯三郎はすでに二月二三日付で会社から解雇されているので除く。)は、名鉄労組の組織を攪乱する者である。」として、名鉄労組から除名する旨の決定をし(甲第二号証)、翌四月一四日、これ等の者に対して除名措置に関する通知をする(甲第九号証)とともに、五月一九日、会社に対して、「除名処分にした前記七名のうち斎藤正吉を除く六名の者を会社が解雇するよう。」に申入れた(乙第九号証)。
被除名者のうち、斎藤正吉が除かれたのは、同人は、除名処分後、態度をひるがえして、残留派から名鉄労組に加入するという態度を示したので、五月一四日、除名処分が取消されたことによるものである。
(7) 会社は、右申入れに対して、五月二六日、名鉄労組の役員から解雇要請に関する事情を聴取し(乙第一一号証)、又六月二〇日、名鉄労組の宇都宮班長若林忠男から、「会社の宇都宮営業所において、職場に不安が生じているので善処してほしい。」旨の申入れを受けた(乙第一八号証の一・二)ので、六月二六日、これらの実情を調査するとともに(乙第二〇号証)、六月三〇日、幹部会議を開いて協議した結果、「これらの職場内の不穏の実態は、今後の業務運営に重大な支障を来たす虞があり、これらは、除名された前記六名(斎藤正吉は除名が取消されているので除く。)の策動によるものと断定せざるをえない。」として、申請人両名を含む右六名を、就業規則第三四条、第三三条によつて解雇することに決定し(乙第二六・二七号証)、申請人等に対しては、七月二日に同月四日付で解雇する旨の通知をした(甲第一〇・一一号証、乙第二二・二三号証)。
(8) 被申請会社の就業規則によると、第三四条には、「会社は、職員が次の各号のひとつに該当するときは、組合と協議して解雇することがある。」と定められ、同条第二号には、「組合員である職員が組合から除名されたとき。」と規定され、また、第三三条には、「職員は次の各号のひとつに該当するときには解職する。」と定められ、かつ同条第四号には、「第三四条の規程により解職されたとき。」と、また同条第九号には、「如何なる業務にも不適当と認められたとき。」と定められている(甲第一号証・乙第一号証)。
(9) 被申請会社には、右就業規則の規定の他には、その従業員によつて組織されている労働組合との間に、クローズドシヨツプ協定もしくはユニオンシヨツプ協定は締結されていない。以上の認定に反する各供述人の供述部分並びに書証記載の部分はいずれも措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
(二) 以上認定の事実を綜合すると、被申請会社の従業員によつて組織された労働組合は、もと全自運名鉄支部労組だけであつたが、同組合は、昭和四一年三月一九日に全自運から脱退して名鉄運輸労働組合とその名称を変更したのであるが、当時、少くとも約八〇名位の者は、全自運から脱退することに反対して全自運に残留すべきであると主張し、脱退決議がなされた後、直ちに再建大会を開いて、全自運名鉄支部労組は依然として存続するものであることを確認し、新しい執行部役員を選出し、闘争目標をも定めて、この旨を会社および名鉄労組に通告し、かつ、会社に対して数度に亘つて団体交渉の申入れをしているのであるから、当時のこれらの状況に鑑みれば、実質的には、当時の被申請会社には、全自運から脱退して名称を変更した名鉄運輸労組と、全自運への残留を主張する組合員によつて組織された全自運名鉄支部労組の二つの労働組合が存在していたものと解するのが相当である。
(三) 要するに、これらの経緯を実質的にみると、もと一つであつた労働組合が全自運から脱退する旨の決議をしたことを契機として、これに賛成する者とこれに反対する者とによつて各組織された二つの労働組合に事実上分裂したものとみるべきであつて、かかる組織上の分裂が生じた過渡的な状態の下においては、この二つの組織は、組合員の獲得等、その勢力の維持・拡大等をめぐつて互いに抗争し、いがみあい、対立することは、労働運動の過程においてはいわば常態的な現象であり、その結果、企業内にその対立状態がもちこまれて企業秩序にも不安・不穏な影響を与えることになるのは、一般的に避けることのできない現象であるといわなければならない。
もとより、このような現象は、使用者側にしてみれば好ましいものでないことは容易に理解できることであるが、労働運動ないしは労働組合組織というものは固定的・静止的なものではなく、それが変化発展し、流動するものである以上、労働者に労働基本権を保障する現行法制の下においては、使用者としても、このような労働運動の変動過程における一定の不利益は、甘受しなければならないものというべきである。
このような場合、対立し抗争する組織の一方を企業内から排除し、もしくはその組織の一方を壊滅的な状態にすることができれば、企業内の右不安・不穏な状態も必然的に解消されることになり、その結果、使用者の前記下利益も解消されるに至るであろうけれども、使用者が、他の合理的な理由もなく、かかる意図の下に、一方の組合に属する労働者に不利益な措置をとることは、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為として、許されないものである。
二、本件解雇の無効原因
(一) 被申請人は、申請人等が、被申請人主張の二の(九)の(1)ないし(10)の如く、会社の従業員に対して暴行・脅迫・威嚇を行つて職場秩序を破壊し、もしくは同(一三)の如く業務妨害の行為をし、そのために正常な業務運営に支障をきたしたが、右は、就業規則第三三条第九号に規定する「如何なる業務にも不適当と認められたとき。」に該当するから、本件解雇は有効であると主張する。
しかしながら、被申請人主張の前記各事実のうち、二の(九)の(10)の事件は、申請人等が行つたものと認めるに足る証拠はなく、又右の事故がいわゆる残留派の組合員によつて惹起されたものであるとして、同人等にその原因を結びつけるべき証拠もなく、又、同(九)の(3)(9)の各事実についても、申請人等の具体的行為がその原因となつているものとは認められないから、これらの(九)の(3)(9)(10)の各事実を申請人等の不利益に結びつけて論ずるのは相当でない。
また、同(九)の(1)(2)(4)(5)(6)(7)(8)の各事実も、結局は、組合の組織が二つに分裂したという流動的・過渡的な時期に生じた避けることのできない抗争状態に基因する範囲のもの、もしくはその状況下における説得活動の範囲内に属するものと解され、それが暴行・脅迫による等、著しく常軌を逸していると認めるに足る証拠もないし、又、同(一三)の(1)ないし(5)の各事実も、被申請会社が、本件訴訟になつてことさらにつけ足した主張である(乙第一九ないし二一号証、同第二四ないし二七号証によると、これらの事実は、申請人等が解雇されるまでの過程では、会社によつて特にとり上げられていないことが認められる。)と解されるのみならず、その主張の如く、申請人福田等が、故意に業務妨害の行為をしたと認めるに足るだけの証拠もない。
(二) そうすると、被申請人が主張する如く、前記二の(九)の(1)ないし(10)並びに同(一三)の各事実をもつて、就業規則第三三条第九号に定める「如何なる業務にも不適当と認められる」事情であるということはできず、他に申請人等が如何なる業務にも適さない事情があると認むべき疏明がないのみならず、前記認定の如く、会社としては、全自運が共産党に指導された斗争至上主義に立つものとしてこれを嫌い、被申請会社の組合が全自運から脱退すべきことを示唆していたこと、残留派の組合員が全自運名鉄支部の再建大会を開催するについて会社の管理職の者がその出席者の監視をしていたこと、右再建大会後、全自運名鉄支部労組からの数度に亘る団体交渉の申入れに対し、会社では同組合の存在を認めないとの理由で終始これに応じなかつたこと、本件では全自運への残留を主張する全自運名鉄支部労組の執行部役員の全員が解雇されていること、しかも、同じ執行部役員の一人であつた斎藤正吉は、解雇前に全自運名鉄支部から脱退して名鉄労組に加入する態度をとつたので、名鉄労組からの除名が撤回され、その結果、本件の解雇対象からも除外されていること、甲第二六号証の一・二によると、会社が発行する「めいあん」という社内報第六二号(昭和四一年三月号)に、その勤務状況がまじめであると報じられている申請外戸井一三も、右解雇された中の一員に含まれていることが認められ、これらの事実に鑑みると、被申請会社が申請人等を含む前記六名の者を解雇したのは、全自運からの脱退決議を契機として事実上分裂した二つの労働組合の対立がかもし出す企業内の不安状況を、会社の嫌う全自運名鉄支部労組を企業内から排除しもしくは壊滅状態にすることによつて解消しようとする意図の下になされたものと認めることができ、このことは、申請人等を全自運名鉄支部労組に属することによつて不利益な取扱いをするものであり、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であるというべく、従つて本件解雇の意思表示は、この点において無効であるといわざるをえない。
(三) 被申請人は、申請人等を含む被除名者は、脱退決議後は当然に名鉄労組の一員であり、その後同組合から脱退する旨の意思表示をしていないから、いまだ同組合の組合員としてその統制に服すべき状態にあつたと主張するが、仮りに被申請人主張の如く、もとの全自運名鉄支部労組が全自運に団体加盟していたものであり、従つて本件が、脱退決議によつて組合員の全員が全自運から脱退したものと解すべき場合であり、かつ、申請人等が名鉄労組から脱退する旨の形式的な手続を履践していないとしても、前記の如く、脱退反対を主張する組合員は、決議後直ちに全自運名鉄支部労組が依然として存続するものであることを確認し、かつ新執行部役員を選出して、この旨を会社並びに名鉄労組に通告しているのであるから、このことによつても、実質的には同人等が全自運から脱退した名鉄労組に加入する意思のなかつたことが客観的に明らかであり、それ故に、被申請人主張の如き事由をもつてしては、当時、実質的に二つの労働組合が存在していたとの前記認定を覆す理由にはならないものである。
(四) つぎに、被申請会社の就業規則第三四条第二号の規定は、「組合員である職員が組合から除名されたときは、会社はこれを解雇することがある。」と定めているところ、被申請人は、右就業規則は、その制定・改訂の経過等に鑑みれば、労働協約としての効力をも有するから、被申請会社にはユニオンシヨツプ協定があると解すべきであると主張するが、もともと就業規則は使用者が一方的に制定・変更することができるものであり、その制定・変更につき組合と協議を経、かつ、組合の同意をえたとしても、これは労働基準法第九〇条所定の義務を履行したにすぎず、これによつて就業規則が労働協約としての効力をも有するに至るとはとうてい解することはできず、従つて、右規定をもつてユニオンシヨツプ協定が存在するということはできないのみならず、仮りにユニオンシヨツプ協定が存在すると解しうる余地があるとしても、前記の如く、労働組合が事実上二つに分裂している被申請会社の状況の下においては、他方の組合との関係においては、すでにその効力を及ぼしえないというべきであるから、いずれにしても被申請人の右主張を採用することはできない。
三、本件仮処分の必要性
申請人両名の審尋の結果並びに弁論の全趣旨によると、申請人等は、従来、会社から、毎月二八日限り、申請人菊島において一ケ月金三五、六四〇円、申請人福田において一ケ月金四五、一二〇円の各割合による賃金の支払を受けていたものであること、申請人等は、被申請会社から支払われる賃金のみによつて自己およびその家族の生活を維持してきたものであつて、会社から支払われる賃金が絶えたまま、本案訴訟の判決が確定するまで待たなければならないとすれば、著しい損害を受けるおそれがあると認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。
四、結論
よつて、申請人等が、本件解雇の意思表示が無効であることを理由として、被申請人の従業員であることを仮りに定め、かつ、被申請人が申請人等に対して解雇した日の翌日である昭和四一年七月五日から、毎月二八日限り、申請人菊島に対しては一ケ月金三五、六四〇円、申請人福田に対しては一ケ月金四五、一二〇円の各割合による賃金相当の金員の支払を求める本件仮処分申請は、相当であるからこれを認容することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 石沢三千雄 兼子徹夫 武内大佳)